職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

地獄のリハビリから復活-長谷部康平

長谷部 康平 はせべ・こうへい

1985年5月21日生まれ 岐阜県出身

身長173cm 体重70kg 左投げ左打ち

杜若高-愛知工業大-東北楽天ゴールデンイーグルス(2008〜2016)

※通算成績 110登板 11勝19敗3S 11H 300回 防御率5.37

 

愛知工業大時代は大学日本代表に選ばれるなどして活躍。さらに大学四年秋には、北京五輪の予選メンバーに、アマチュアから唯一選ばれた。

 

2007年秋のドラフトでは大社ドラフト1位指名を受け、楽天に入団。大物ルーキーとして期待された。

 

しかし、1年目の開幕前に左ひざを負傷して開幕には間に合わず。5月にプロ初登板を果たしたが、シーズンでは13登板(先発6)1勝4敗、防御率9.93と結果を残せなかった。

 

大学時代は平均球速こそ130キロ後半〜140キロ前半くらいだが、球にキレがあり三振を奪っていた。

だが、怪我後は球速とキレがなく、制球も悪いという状態に悪化。1年目も35回1/3を投げて与四球22と四球を連発していた。

 

2年目は25試合で5勝8敗、防御率5.19と少しマシになったが、それでも及第点の成績は残せず。3年目の2010年には初回先頭打者から四球4連発で押し出し、さらに5番の中村剛也に満塁弾を打たれてワンナウトも奪えず5失点という屈辱を味わった。

 

2011年に7試合の登板に終わると、翌2012年5月7日に左ひざの手術に踏み切る。術後は3ヶ月もの間歩行ができず、歩行解禁後には歩き方を忘れてしまっていたという。

 

復帰後の2013年は24試合、34回1/3を投げて防御率1.83と活躍。140キロ台のキレのあるストレート、スライダー、チェンジアップを低めに集められていた。さらに2014年も自己最多となる26試合に登板。

 

だが2015年、2016年はまたしてもコントロールに苦しみ、16年最後の登板は3連続四球で降板。オフに自由契約となった。

 

振り返ってみると、1年目に負ったひざの怪我が痛かった。ただ、想像を絶するリハビリから復帰した点は見事。3ヶ月間歩行できないというのは「大変」の一言では表せないものがあっただろう。


※参考文献 長谷部お帰り635日ぶり1軍 4回完全救援