職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

ギリギリ投球の初登板-寺田哲也

寺田 哲也 てらだ・てつや

1987年4月2日生まれ 栃木県出身

182cm 92kg 右投げ右打ち

作新学院高-作新学院大-新潟アルビレックス-香川オリーブガイナーズ-東京ヤクルトスワローズ(2015〜2016)

※通算成績 3登板 0勝1敗0S 1ホールド 5回 防御率10.80

 

高校、大学ではエースとして活躍するもドラフトにはかからず。

独立リーグ・BC新潟でも毎年のようにタイトルを獲得するが、それでもプロ入りは叶わなかった。2014年に香川に移籍したあとに、ようやくドラフト4位でヤクルト入団。

この時すでに28歳だった。

 

年齢もありすぐにも一軍で結果を出したいところだったが、二軍でもなかなかいい成績を残せない。

それでもチームが先発投手不足ということもあり、8月27日に神宮球場で行われた巨人戦でプロ初登板初先発を果たす。

 

この試合では初回から次々と安打や四球でランナーを出す危ない投球だったが、3回を無失点に抑えた。この試合の成績はなんと3回を投げて被安打2、与四球5。二塁にランナーを出し続けていた。

無失点に抑えたのは幸運……だけではなく、ベテランのような粘り強い投球もあった。特に時折交えるスローカーブは相手の間を外す効果があったように思う。

 

ただ、さすがに不安定な投球と見られたのかすぐに二軍落ち。一軍登板はこの1試合に終わる。

二軍でも25試合投げて防御率4.53というもの。59回2/3で与四球31と制球の悪さが気になった。

 

だが翌2016年は2試合投げて防御率27.00。4月6日の広島戦では6四死球、1暴投と制球が乱れる悪い癖が出て一気に6点を奪われた。

この年は二軍で2試合の登板に終わると、オフに自由契約

あっという間に見切られたのは予想外だったが、既に年齢は29歳。プロ入りの遅さが響いた。

 

正直に言えば全盛期を過ぎていた印象で、早いうちからプロに入っていれば……と思わされた。それでも能力を経験でカバーした初登板の印象は強烈。ギリギリの投球だったが、最低限の仕事を果たした。

独立リーグを経由し、28歳でプロ入りした寺田の生き様が込められたこの試合は、強く記憶に残っている。