職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

細い体のユーティリティ–金子圭輔

金子 圭輔 かねこ・けいすけ

1985年7月23日生まれ 千葉県出身

180cm 69kg 右投げ両打ち

至学館高-福岡ダイエーホークス福岡ソフトバンクホークス(2004〜2010途中)-オリックス・バファローズ(2010途中〜2011)-福岡ソフトバンクホークス(2012〜2016)

※通算成績 253試合 打率.197(213-42)0本 17打点 10盗塁

 

至学館高時代は投手として活躍。しかし元々は内野手から転向した選手で、2003年にドラフト6位で福岡ダイエーホークスに入団したあとは、遊撃手に戻った。

 

しばらくは二軍でも打率1割〜2割前半の成績で、一軍には上がれず。2006年に一軍出場を果たすが、5試合、打率.143(7-1)0本と結果を残せず。

2007年は二軍で打率.249(237-59)1本、13打点とそれなりに率を上げたが一軍昇格は果たせず。

2008年にようやく守備固めや代走を中心に32試合に出場。内野だけでなく外野も守る器用さを見せ、ユーティリティとして芽が出てきた。

 

脚の速さと守備力が売りの選手で、派手なファインプレーは少ないものの堅実に守れるタイプ。ただ打撃に弱さがあり、この年も打率は.118(34-4)0本に留まった。

 

2009年も17試合の出場に留まると、2010年途中に荒金久雄と共に、オリックスにトレードされる。(相手は金澤健人

移籍先のオリックスでは、遊撃手が大引啓次山崎浩司で併用されている形で、そこに割って入ることが期待された。

打率こそ.217(46-10)だが、スタメン出場する機会も与えられて31試合に出場。自己最多となる51打席に立った。

 

だが翌2011年に春キャンプで痛風を患い、さらに大引がレギュラーとして固定されると出番が減少。11試合に出場して12打数0安打と1本もヒットを打てなかった。

 

するとオフに高橋徹とのトレードでソフトバンクに出戻り。これは川崎宗則がメジャーに移籍し、正遊撃手が不在になった影響だろう。

ここからは2012年に41試合に出場し、2013年も59試合と自己最多出場の記録を2年連続で更新。

さらに13年は打率.325(40-13)と少ない打数ながら自己ベストの打率を記録した。

 

だが好調は続かず、2014年は自己最多となる61打席に立たせてもらうが、打率.208(48-10)と逆戻り。二軍でも打率.191(89-17)と成績を残せなかった。

その後2015年、2016年と出場数が1ケタに留まると、オフに自由契約

 

個人的にはグラブさばきが上手かった印象があり、俊敏さも光っていた。しかし痛風を患ったためか体の線が細く、非力な部分が変わらなかった点が痛い。

それでも守備固め、代走として13年間プレーしたのは見事。

 

引退後はソフトバンクの球団職員に。球団内での人望が厚かった金子にとっては、天職か。