職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

パンチ力だけでは物足らず…-青松敬鎔

青松 敬鎔 あおまつ・けいよう

1986年12月7日生まれ 京都府出身

185cm 83kg 右投げ右打ち

上宮太子高-千葉ロッテマリーンズ(2005〜2016)

※通算成績 26試合 打率.150(20-3)1本 2打点

 

2005年にドラフト7位でロッテに入団。捕手としての入団だったが、一年目から一塁手や外野手、指名打者での出場が多かった。

 

パンチ力があり長打を期待される選手で、フライを打ち上げることが多い選手だったと記憶している。

しかし率がなかなか安定せず、バットに当たっても打ち損じの外野フライが多かった。

 

ようやく2008年に打率.252(151-38)8本 20打点を記録し、成長の兆しが見られたが、翌2009年は打率.225(102-23)4本16打点と成績を落とす。

 

どうにも調子に波がある選手で、打つときは打つがそれが長続きしないタイプ。2010年に打率.259(212-55)8本 32打点とそれなりの成績を残すが、一軍に上がれなかったのはそれが原因か。

 

2006年を最後になかなか一軍に上がれなかったが、登録を捕手から内野手へと変更した2013年に8月に7年ぶりとなる公式戦出場。打率.313(16-5)0本3打点と好成績を残すが、一軍定着はできず。

 

2014年も二軍で好成績を残すが、一軍では打率.200(5-1)0本0打点。30歳を目前として二軍で安定した成績を残せるようになってきたが、一軍で結果が出ない。

 

2015年も、5月に二軍で1ヶ月だけで9本の本塁打を放ち一軍に昇格。6月6日に石川雅規からプロ初本塁打を放つが、その後は尻すぼみで、二軍落ちとなった。

この年はイースタン首位打者(.298)と本塁打王(15本)を獲得したが、さすがに29歳での獲得にはあまり意味を感じなかった。

 

2016年も二軍で打率.278(342-95)13本 57打点と好成績を残したが、オフに自由契約。チームに少ない長距離砲として期待されたが、最後まで芽が出ることはなかった。

 

調子の波の激しさと、一軍の速球や変化球に慣れる機会が無かったことが、活躍を阻んだ原因に見える。最後のシーズンも、なぜ一軍に上げる機会がなくオフに自由契約が見えていたのに、115試合に出場させたのかが不可解。もう少し二軍と一軍で連絡を取り合ってもよかったのではないか。

 

余談だが、定岡卓摩と仲が良く、二軍で話をしている姿がよく見られた。