職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

男気ツーシーマー-黒田博樹

黒田 博樹 くろだ・ひろき
1975年2月10日生まれ 大阪府出身
185cm 93kg 右投げ右打ち
上宮高-専修大-広島東洋カープ(1997〜2007)-ドジャース(2008〜2011)-ヤンキース(2012〜2014)-広島東洋カープ(2015〜2016)

NPB通算成績 321登板 124勝105敗1S 2021回2/3 防御率3.55

 

MAX150キロの速球派という触れ込みで、1996年にドラフト2位で広島に入団。
1年目に初登板の巨人戦で初完封勝利を挙げるという華々しいデビューを飾る。
しかし、それ以降は勝ち星が伸びず6勝9敗と負け越し。
新人王は同期の澤崎俊和に譲ることになった。

この頃は速球とスライダー、フォークを投げるタイプの投手。大きく振りかぶって投げるフォームが特徴的だった。

その後もなかなか勝ち星が先行せず、いまいち殻を破れなかったが、2000年に9勝6敗と勝ち越すと翌2001年には12勝8敗、防御率3.03の成績を記録。13完投を記録したように、スタミナ面にも自信をのぞかせた。
この後も二桁勝利を続けたが、2004年はアテネ五輪に選出されたこともあり、7勝に止まる。9敗と負け越した点に関しては春先の不調が響いたと言える。 

翌2005年は15勝12敗で最多勝を記録。さらに11完投と投げ抜いた点は、リリーフ陣の層が薄いチームの弱点をカバーしていた。
この年辺りからシュートを投げ始めており、 打たせて取る投球にも挑戦していた。

翌2006年に13勝6敗、防御率1.85で最優秀防御率賞を受賞し、2007年に12勝8敗を記録すると、オフにメジャーに挑戦。ロサンゼルス・ドジャースに入団した。

アメリカではツーシームを主体とした投球にモデルチェンジしたが、なぜか打線の援護に恵まれず、勝ち星が伸びない。
それでも2010年から2014年まで5年連続で二桁勝利を挙げたように、舞台を移しても力を発揮していた。

見事な活躍をメジャーでも続けていたが、14年オフ、広島に電撃復帰。 "男気"という言葉が流行するほど、野球界に衝撃を与えた。

日本復帰後も、ツーシーム、スライダー、カットボールの横の揺さぶりにフォークという縦の変化を混ぜる投球スタイルは変わらず。
2016年まで二桁勝利を挙げる活躍を見せたが、10月に突如、引退を表明。体に限界が来ていたことが理由のようだったが、それでも成績を残した点はさすがと言うべきか。

残念ながらチームは日本シリーズを制することはできなかったが、チームは25年ぶりのリーグ優勝を果たし、有終の美を飾った。
新井貴浩と共に、一度はチームを去った二人により成し遂げられた優勝は、カープファンで無くとも涙を誘うものがあった。

速球派からシュートを交えた本格派にモデルチェンジし、さらに横の揺さぶりと縦変化を交えた投球スタイルに変えるなど、臨機応変にピッチングを変えた点は見事。
日米通算200勝は、頭脳と、変化に耐えうる体によるものが大きかった。