職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

不運な事故が多かった内野手-塀内久雄

塀内 久雄 へいうち・ひさお
1981年7月7日生まれ 愛媛県出身
身長:180cm 体重:82kg
右投げ左打ち 三瓶高校-千葉ロッテ(2000~2014)
塀内

高校時代は「四国のバース」と呼ばれたほどの強打者で、強肩も注目されたいた。
ロッテには99年ドラフト4位で入団。

一年目からファームで80試合に出場し、.186(139-26) 1本 10打点の成績。
二年目は怪我で出番が少なくなるが、三年目の02年は4月に一軍デビュー。
初打席で初HRを打つ鮮烈なデビューを飾った。


(バットは普通の木の色)

ところが、HR直後に靱帯断裂の大怪我。
リハビリでほぼ1年間を棒に振ることになる。

再び姿を見せたのは04年の5月。
本格的に一軍に姿を見せるようになったのは05年だった。 
この年に15試合に出場すると、日本シリーズアジアシリーズでも出番を得た。

06年も守備固めとしての出番を増やしていったが、打撃がいまいち。
二軍では3割を打てるような選手だが、一軍ではどうにも打てなかった。
この年に松坂からHRを放ったこともあるように、パンチ力はある選手だが、三振が多い。
07年はさらに積極的に起用されるようになったが、 バント失敗や肝心なところでのエラー、三振などで、ロッテファンからは不評が出てしまった。

08年は打者の折れたバットが、ランナーの塀内の頭に直撃する事故や、秋季キャンプ中に打球が頭を直撃して怪我をするなどの不運な事故の連発。
肝心なところでのエラーもそうだが、とことん運が無い選手だった。

09年は打撃好調だったが、その好調も二年連続では続かず。
翌年は主に金泰均の守備固めとして9回に一塁の守備につく姿が目立った。 

11年は西岡の移籍、荻野貴の怪我のために、久しぶりに本職である遊撃手でスタメン出場する姿が見られたが、すぐにスタメン剥奪
12年には、一塁守備固めへと戻ってしまった。 
13年も似たような守備固めでの出場が続いたが、負けに直結するエラーを幾度か見た。
打撃がそこまでよくないユーティリティにも関わらず、肝心なところでエラーをすることが、どうにもこの選手の使い勝手の悪いところ。 

14年は遂に一軍出場がなく、オフに自由契約となってしまった。
ユーティリティープレイヤーのため、他の選手よりも獲得を表明する球団がありそうなものだが、盗塁ができるわけでもなく、打撃もそこまでよくない。
またなんといっても記憶に残るエラーをしてしまう印象の悪さはマイナスポイントか。

初HRを放った直後の怪我、事故、土壇場でのエラーなど、運の無さが気になる選手であった。