職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

歌って踊れる正捕手-里崎智也

里崎 智也 さとざき・ともや
1976年5月20日生まれ 徳島県出身
身長:175cm 体重:94kg
右投げ右打ち 鳴門工業高-帝京大学-千葉ロッテ(1999~2014)
里崎

大学では2年春からデビューし、活躍。
99年のドラフト2位でロッテに入団した。

入団してしばらくは怪我などもあってパッとしなかったが、01年にはフレッシュオールスターに出場し、MVPを獲得。
02年には開幕戦でスタメン出場を果たすが、 すぐにスタメン剥奪
清水将海や橋本らにマスクを奪われた。

才能が開花したのは03年。
5月のダイエー戦で渡辺正和から代打決勝タイムリーを放つと、以後、一軍定着。
奇しくも代打タイムリーを放った日は、亡き祖母の葬儀の日であった。

04年は左ひざの怪我で出場数減。スタメンの座を橋本に譲ることとなる。
この年以降、橋本、里崎の併用が増え、二人はライバル関係となった。

05年は橋本との併用で結果を出し、チームを日本一の座に導く。
ソフトバンクとのプレーオフで放った決勝タイムリーは見事な一打だった。

基本的にはヤマをはるタイプの打者で、すくいあげるようなバッティングスタイル。
打撃がいいだけでなく、キャッチング技術にも定評があり、滅多にパスボールをしなかった。
話を聞く限り、相手打者の弱点を攻めるリードをする。
05年の盗塁阻止率が4割を越え、リーグ1を記録するなど、肩もよかった。 

06年に橋本が不調に陥ると出場数はさらに増加。
正捕手の座をしっかりとキープした。

08年は春先の肩の怪我などの影響で出場減。ちなみに、この年のロッテは5月に里崎、橋本、田中雅彦と捕手三人が怪我でいなくなる異常事態となり、今まで一軍でマスクをかぶったことのない金澤が出場していた。

その後もたびたび故障でいなくなることがあるものの、13年までは正捕手としてロッテに君臨し続けた。
13年はふくらはぎや右肩の故障で出場数が減ると、14年は左ひざを手術。
オフに引退することになった。

チームの司令塔として大きく活躍した選手で、歴代ロッテの捕手の中でも最高位に位置する選手だった。
彼がいなければロッテの二度の日本一はありえなかったと言っても過言ではないだろう。
ファンサービスもよく、試合後に球場の外でリサイタルを開いたことも。
応援歌にも「歌え踊れ打ちまくれ」という歌詞があった。

引退試合でも、球場の外でリサイタルを開催し、球団歌やSMAPの「ありがとう」を熱唱。
最後まで、ファンサービスを重んじた選手であった。