職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

スライダーが武器のオシャレ右腕-小林宏之

小林 宏之 こばやし・ひろゆき
1978年6月4日生まれ 埼玉県出身
身長:184cm 体重:79kg
右投げ右打ち 春日部共栄高校-千葉ロッテ(1997~2010)-阪神(2011~2012)-エンゼルス3A(2013)-群馬ダイヤモンドペガサス(2013)-信濃グランセローズ(2014)-西武(2014) 
小林宏之

 

 97年のドラフト4位でロッテに入団。
一年目から二軍で規定投球回に達し、ジュニアオールスターに出場するなどの活躍を見せる。

その後、やや伸び悩んだが01年に一軍定着。初勝利はボーリックペドラザから逆転サヨナラ満塁ホームランを打ったあの試合だった。
翌02年はセットアッパーに定着。 03年も当初はセットアッパーだったが、酷使による疲労が見え始めると先発に転向。
見事規定投球回と二桁勝利を達成した。

基本的にはナチュラルにシュートする140km代中盤の直球を中心に、縦に落ちるスライダーとフォークボールを低めに投げる投手。たまにカーブを投げていた記憶もある。

05年にはチェンジアップをマスターし、これでまた投球の幅が広がった。
さらに変化球の制球も上がり、四球が減少。
この年に始まった交流戦では、打撃の才能を発揮。本職の投手としても活躍し、初代交流戦MVPの座を手に入れた。

WBCにも選ばれるなど、07年までは順調にシーズンを送っていたが、08年に開幕投手に選ばれた試合の途中で脚を攣り、途中降板。
その後もたびたび足を攣る姿が見られるようになり、成績も安定せず、5勝12敗と負け越し。
09年も4勝13敗と、今までの活躍が嘘のように成績が低下してしまった。
07年頃からスライダーが縦よりの変化からカット気味に変化したことも成績に影響したのだろうか。

10年からは抑えに転向。かつてのようにリリーフで登板したが、これがはまった。
2.21の防御率に29Sをあげる活躍で、守護神の座につくことに。
ただ、後半戦はやや不調で、シーズン最終戦では不安定な小林の代わりに伊藤義弘が投げることがあった。
日本シリーズ終戦でも1点リードの場面で同点にされるなど、安心して見てはいられなかった。

その10年オフに海外移籍を表明し、FAを行使するが獲得を希望する球団はおらず結局阪神へ入団。
終盤の不調を考えると、阪神での活躍するかどうかは疑問だったが、不安が的中。
42試合に登板するが5敗を喫し、防御率も3.00。統一球であることを考えるとこの成績はあまりよろしくない。

さらに翌12年は先発転向の話なども出るが、結局一軍登板なし。
オフに自由契約となってしまった。

海外移籍をめざし、エンジェルス3Aに入団するが、3月にスピード解雇。
夏場に群馬ダイヤモンドペガサスに入団し、14年は信濃グランセローズに入団。
独立リーグを転々とした。

信濃に在籍していた14年途中に西武に入団が決定。
7月25日に古巣ロッテとの試合で復帰登板を果たした。

ところが、成績は悪く、オフに自由契約となり、引退を表明。
8月17日のファイターズ戦では2点リードの場面で登板し、捕逸、暴投で同点にされてしまうなど、制球の悪さが目立った。

これで、一時期のロッテ先発三本柱であった、清水、渡辺、小林の三人がNPBから姿を消すことに。(渡辺はまだ引退したわけでは無いが)
寂しいことだ。 

余談だが、野球ゲームなどでは10年あたりからチェンジアップではなくサークルチェンジを投げられるようになっていた。本当に投げていたのだろうか。 
非常に気になる。