職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

軟投派リリーフ-荻野忠寛

※2014.10.26 初投稿
※2014.12.28 追加更新

荻野 忠寛 おぎの・ただひろ
1982年4月26日生まれ 東京都出身
身長:174cm 体重72kg
右投げ右打ち 桜美林高校-神奈川大学-日立-千葉ロッテ(2007~2014)
荻野

社会人時代は都市対抗に出場。

06年のドラフト4位(分離ドラフト)で千葉ロッテに入団。

一年目から即戦力として中継ぎで活躍。大きなカーブとカットボール、フォークなどを投げていた。
二年目は抑えとして活躍。30セーブをマークした。
ところが、三年目は勤続疲労か夏場不振で抑えの座をシコースキーに譲ることに。

四年目の2010年に右ひじを故障。
2012年に一軍復帰するも全盛期の成績は戻らず。
2013年はシーズン途中で肩を痛め、秋には靭帯を怪我。

2014年には二軍でも4試合しか投げていない状態でオフに自由契約となった。

そこまで速くは無いがキレのある速球と、前述のカーブ、カットボール、フォーク、本人が「ゼロボール」と名付けたシンカーなどを巧みに操り勝負するタイプの投手だった。
二軍での復帰試合を見たときは復活なるか、と思ったがそれ以降も怪我に悩まされ続けてしまったことが痛い。 

背番号0と小柄な体格、黙々とリハビリを続ける姿が印象に残る選手であった。 

(2014.12.28 追加更新)
退団後は古巣の日立へと戻ることになった。


※参考文献 【ロッテ】戦力外の荻野忠、社会人・日立製作所入り