職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

史上三人目の完全試合、宮地惟友

※(2015/3/9)「宮地は右投げでは?」というご指摘を受けました。
訂正いたします。

宮地 惟友 みやじ・よしとも
1932年生まれ 石川県出身
身長:5尺9寸(約179cm) 体重:18貫(67.5kg)
右投げ右打ち 金沢高校-金沢専売公社
宮地

金沢専売公社ではエースとして活躍し、そのまま52年に国鉄入団。
6尺近い長身から投げ下ろされるカーブを武器としていたようで、他にスライダー、シュートも投げていた。

1956年9月19日に、石川県営兼六園球場でプロ野球史上3人目となる完全試合を達成。 
わずか79球での達成だった。ここまで球数が少なかったのは、宮地が打たせて取るピッチングをしていたことも関係している。
この試合で奪った三振の数はわずか3であった。
ちなみにその他の内訳は、内野ゴロ11 内野フライ2 外野フライ11 である。

56年の活躍は、前年から走り込みを行い体を鍛えたことの効果もあったようだ。
また、当時の新聞によると、バックが盛り上げてやらないといけないほど、脆い部分があったとのこと。

引退後は金沢専売公社に戻り、プレーを続けた。
今現在は金沢で暮らしている。


※参考文献 読売新聞 『ベースボールマガジン』