職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

開幕戦で失踪、古谷法夫

古谷 法夫 ふるや・のりお
1921年生まれ
身長:5尺6寸(約170cm) 体重:16貫(60kg)
右投げ右打ち 宇都宮実業-法政大学-東京鉄道局-川崎コロムビア-国鉄スワローズ(1950~1955)
古谷

  ノンプロ時代は都市対抗などに出場する活躍を見せた選手で、国鉄創立時に入団。
この時28歳だった。

国鉄開幕投手に選ばれるが、開幕投手のプレッシャーに負けて(?)、突如失踪してしまう。
後に見つかったのだが、罰金をとられてしまったのだとか。

こんな騒動もあったが、選手層が薄い初年度の国鉄では49試合、233回を投げている。

ドロップとカーブを投げ分ける投手で、コントロールがよかった。

2年目以降はリリーフに転向。
だが、徐々に登板数が減っていき、55年を最後に引退した。 

引退後は社会人の監督を務めていたが、野村克也が南海のプレイングマネージャーになった1970年に投手コーチになる。
南海の派閥が絡んだために、このようなコーチ人事が行われたのだろう。
※『ベースボールマガジン』 読売新聞 【11月5日】1969年(昭44) テスト生から兼任指揮官へ 野村克也がトップになったワケ 織田淳太郎『ニッポン野球珍事件珍記録大全』