職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

不運な事故を起こした男、山下譲

山下 譲 やました・ゆずる
1926年生まれ
身長:5尺4寸(164cm)  体重:17貫(64kg)
右投げ右打ち 日大三中-法政大学-函館太洋-近鉄(1950~1953)
山下譲

元々は捕手だったが、法政大学入学後に打力を買われて外野手へ転向。
卒業後はノンプロ・函館太洋で活躍した。
その後、法政大学にいた関係から近鉄・藤田監督に誘われて近鉄に入団。

だが、プロ入り後はその打力を発揮できなかったようだ。 
成績で特筆するべき点はプロ入り初年度に捕手を務めたことぐらいか。
おそらく、近鉄は捕手不足だったために元捕手の山下を捕手にしたのだろう。
開幕後すぐに捕手として10試合にスタメン出場を果たすが、捕手失格の烙印を押されたのかポジション剥奪
その後、11試合に一番ライトで出場している。
だが、閉幕間際に何があったのかまたもや捕手として10試合に出場。 
翌年以後は外野に戻っている。
外野手としての守備は地味だが、そこそこ上手であったようだ。

成績以外で特筆するべきは1950年4月2日に彼が起こしてしまった事故だろうか。
この日の昼、後楽園球場で毎日戦の前にシートノック練習をしていた山下は、外野席にいた子どものひたいにボールをぶつけてしまった。
この男の子は頭部骨折陥没の重体であったそうだ。

※参考文献 雑誌『少年クラブ』『ベースボールマガジン』『読売新聞』