職業野球を追いかけて

引退したプロ野球選手を紹介するブログです。主に戦前・戦後直後から現在のプロ野球まで幅広く扱います。

職業野球

“8番・投手”がごく普通に見られていた50年代プロ野球(1)

DeNAの”奇策”が止まらない。 ラミレス監督の”8番・投手”作戦は、5月4日から28日まで21試合連続で行われている。 最初に、8番に投手を置いたのは4月14日のヤクルト戦。この時は「投手のウィーランドの打撃を生かす」というのが、この打線を組む理由だった。し…

クラシックSTATS鑑賞様に紹介いただきました

いつもお世話になっているクラシックSTATS鑑賞で紹介されました。1968年田中調、全登板成績こちらの記事で紹介されております。1968年度の田中調の全投球成績ですが、注目すべきはなんといっても球数のデータが掲載されていること。これはなかなか他のサイト…

1948年に飛び出した満塁ホームラン(※追加更新)

(※6月12日追加更新)1948年の野球雑誌『ホームラン』に満塁ホームラン特集が載っていたので、その情報を元に、1948年に記録された満塁ホームランの表を作った。クラシックSTATS、たばともさんのようにはできないが、調べることができた情報を載せる。1948年…

1950年 西日本パイレーツ名鑑

30 小島 利男 こじま・としお 37歳 監督 右投右打/5尺5寸(167cm) 15貫(56kg) 愛知商業-早稲田大学-タイガース-イーグルス-パシフィック 早稲田大学時代に三冠王を獲得した名内野手。1936年創立直後のタイガースに入団。終戦後1946年、パシフィックに一年だけ…

石丸進一の死から69年

1945年、5月11日。一人のプロ野球選手が命を絶った。その名は石丸進一。彼は神風特攻隊の一人として、23歳の若さで九州南方に沈んだ。

1950年近鉄パールス名鑑

藤田監督の影響か、法政大学出身の選手が目立つ。他に多いのは加藤春雄が在籍していた大日本土木の選手と函館太洋の選手。30 藤田 省三 ふじた・しょうぞう 41歳 監督 右投右打/5尺5寸(167cm) 19貫(71kg) 甲南中学-法政大学-東京倶楽部-法政大学(監督) 法政…

川本浩司の本塁打記録

野球の記録で話したい 様の別館、クラシックSTATS鑑賞にて、当ブログの川本浩司についての記事をご紹介いただきました。川本浩司、全本塁打一覧 大変ありがたいことです。また、この記事に載っている川本のデータも面白い。川本は左投手が苦手だったようです…

1950年毎日オリオンズ名鑑

1950年毎日オリオンズ選手名鑑完成。 こうして見ると、三宅宅三の背の高さが際立つ。チーム唯一の6尺越え。また、この年の毎日は嘉義農林出身の選手が多いのも特徴だ。呉辺りの人脈のおかげだろうか。 他に気になるのは投手が新人選手ばかりだということ。ど…